聴覚彼女

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涙を抱きしめる「笑顔」と「愛」の音楽 ー Aya Uchida Early summer Party ~SUMILE SMILE~ / ~Everlasting Parade~ ライブレポート

 

 昨年8月に日本武道館で全曲ライブを敢行した後、年末に喉の声帯手術を行った内田彩さん。いくつかのアニメ作品やイベントへの出演はあったものの、それまで活発だった音楽活動を中断していました。その音楽活動を再スタートする滑り出しのイベントとなったのが6月26日(日)に東京・新木場STUDIO COASTで開催された10ヶ月ぶりのライブ、Aya Uchida Early summer Party ~SUMILE SMILE~ / ~Everlasting Parade~でした。

 今回のライブは先にリリースされた1stシングル収録曲になぞらえた昼夜二部構成となっていて、昼公演~SUMILE SMILE~はバンド編成でロックな持ち曲を中心に、夜公演~Everlasting Parade~は打ち込み曲を中心にという、ライブハウス(STUDIO COAST)とナイトクラブ(ageHa)の営業を行うこの会場の特徴を活かした形で行われました。つまり昼公演と夜公演をともに通して見ることで、今の彼女の音楽の全貌を掴むことが出来るという意欲的な構成となっていました。

 

 

 昼公演~SUMILE SMILE~は、バンマス兼ギターに東タカゴーさんを据えて、ギター・宮崎京一さん、ベース・黒須克彦さん、キーボード・櫻田泰啓さん、ドラム・柴田尚さんという5人編成バンドを従えてのライブ。

 今の季節の初夏を意識したという疾走感のある爽やかなロックチューンを中心に選曲されていて、まさに夏をテーマにした「Let it shine」、青空の下へ駆けていくような「スニーカーフューチャーガール」、「Breezin'」、「アップルミント」と冒頭から全力疾走で突っ走っていきます。

 内田彩さん本人もこの後のMCで「会場の熱気がすごくて酸欠になりかけた」と語っていたように、序盤は声が演奏に埋もれがちになっていて、満員の会場におけるPA調整の問題があったにせよ『まだまだ喉は完全復調には遠いのか…』と不安が過ぎったのは確かでした。

 その不安を払拭したのが、MCで一呼吸置いた後のアコースティックコーナー。バンドメンバーは一旦袖へ下がり、内田さんとともに残ったバンマスの東タカゴーさんがアコースティックギターに持ち替え、ボサノヴァのバチーダ的なフィンガーピッキングとともに披露されたのは「オレンジ」、フォーキーで叙情的な「ハルカカナタ」。徐々に本来の伸びのある歌声と声量を取り戻していき、本人も落ち着きを取り戻したのか、ファンからの場違いな呼びかけに「イラッとした(笑)」と、いつもの自由なうっちー節が飛び出す余裕も見えました。

 再びバンドメンバーが登場すると、スウィングするリズムが印象的でキュートな「いざゆけ!ペガサス号」を挟み、オルタナ的ハードなロックナンバー「Sweet Rain」、「最後の花火」、「Go! My Cruising!」へと続いていきます。このパートでは彼女の歌唱法が以前とは変化してきているのが窺え、今までのキュートさを全面に打ち出した声を作り込んだ歌い方から、歌手らしい伸びやかで力強く素直な歌い方への変化が感じられました。これは喉の手術を経てより彼女が意図する曲に寄り添う歌唱が存分に発揮できるようになったこと、そして三年の音楽活動を通して学んだ経験や深めた自信を活かしたシンガーとしての成長と着実な進化が感じられた部分でした。

 ラスト2曲は「Blooming!」、そして本公演のタイトルにもなっている「SUMILE SMILE」。すみれの花言葉は『小さな幸せ』『小さな愛』であり、歌詞に登場する"Smile for you, Smile for me, Smile for you, SMILE SMILE." のフレーズのように、彼女が笑いファンも笑顔になる多幸感と高揚感に溢れたフィナーレを迎えて、アンコールなく約70分の公演を走りきりました。

 

 

 充実した昼公演を経て迎えた夜公演~Everlasting Parade~は、彼女の音楽のもうひとつの側面であるEDM / Future Bass的なエレクトロニックサウンドへ迫る、さらにディープな内容となりました。

 一曲目の「Floating Heart」のイントロから、STUDIO COASTのサウンドシステムを活かした強烈な低音が鳴り響き、強い縦のイーブンキックのビートと空間を震わせるベースが会場全体を包みます。きらびやかなライト輝くステージにはバンドを排して彼女一人がフロアと対峙する図が広がっていて、昼公演とはまったく違う展開が待ち受けていることを示唆していました。

 そのまま続けざまに、パーティーらしい華やかさをまとった「Party Hour Surprise」、開放感あるシンセと裏ノリベースが印象的な「Merry Go」、トランシーなシンセ鳴り響く「リードを外して」とガーリッシュでハードな曲を経た後、MCでの彼女の呼びかけによって星野源バンドなどでも活躍するキーボードの櫻田泰啓さんが上手側より昼に続いて姿を現し、ピアノによるアコースティックコーナーへ。

 彼女の甘くキュートなヴォーカルの特徴が存分に発揮された切ないバラード「笑わないで」が会場の空気をグッと引き締め落ち着かせた後、披露されたのは昼夜通じてこの日最大のハイライトとなった、彼女の代表曲の一つ「ピンクマゼンダ」。悪意や憎悪の世界であってもそれを愛で包んで塗り替えていく想いをドラマチックに歌ったこの曲。従来までの少女の祈りのような純粋さを湛えた曲解釈を大きく変え、今回は苦しみや辛さも隠さずストレートに声色で表し、それを母のような優しさと力強さで包んでいく、今までの彼女にはなかったスケールの大きい表現へと変化していて、並々ならぬ意気込みでこの曲に臨んでいることが理解できました。そしてピアノだけのシンプルな伴奏の中で浮き彫りになったのは、ヴォーカルの立ち上がりの早さとノビ、そしてリズム感覚の鋭さであり、彼女が歌手としての優れた才能の持ち主であるということでした。その豊かな才能を存分に活かし、ラストのサビでの叫ぶような絶唱とともにそれまで薄暗かった照明がピンクに強く輝いた光景は圧巻で、全身の毛が逆立つような感覚を抑えられないほどでした。
 キーボードの櫻田さんがステージ脇へ去っても、まだその余韻が抜け切らない会場にさらに追い打ちをかけたのが、ストリングスとエレクトロニクスが壮大に響き彼岸へと達する「Daydream」。激しいブレイクコアビートと彼女の神秘的な声が空から降り注ぐこの曲のアウトロが鳴り響いた後は、息を呑んで音と声を受け止めていた2000人の満員の会場はしんと静まり返り、衝撃を各々で反芻しているようにも見えました。ここで披露した3曲は、このライブが復活ライブであるという意味を越えて、"新生・内田彩"がスタートしたライブであることを強力にアピールしました。

 ここから徐々にテンポアップしていき、彼女の持ち曲の中でも屈指のヘヴィな曲「Like a Bird」「Ruby Eclipse」へ。低音がブーストされ曲の持つ元来のメタルコア的なテイストとともに、Pendulumのようなロック系ドラムンベースのビート感も織り込まれていることがよく分かり、そのタメの効いた弾けるビートに一気に会場もヒートアップしていきます。

 そしてこの夜公演の核である「with you」「Everlasting Parade」というアッパーでファンキーな2曲によって祝祭感溢れるパーティーらしさを演出し、これまでの苦しみを乗り越えた喜びの笑顔と愛で会場を包み込んでいきます。彼女も盛り上がりのあまり、ブリッジ後のBmoreビートのブレイクでジャンプするなど、ステージを所狭しと動き回り会場を盛り上げていきます。

 そして最後のMCではニューアルバム発売とともに、新たに幕張メッセでのレコ発ライブも発表され歓喜のムードに包まれる中、「Sweet Dreamer」という彼女らしいキュートなEDM/エレクトロハウスナンバーで爽やかに締めくくり。夜もアンコールなく約70分で終了し、次回ライブへの期待感を残しつつ、彼女は満面の笑顔を振りまきながらステージを後にして夜公演は幕を閉じました。

 

 

 喉の手術の前後は声優にとっての命である声が出ないという、不安とストレスの中で苦しみながらも、改めて何が自分にとって大切なのか自分自身と向き合って考え続けたという内田彩さん。そんな苦難と苦悩を乗り越えて、ファンが待つステージへと再び戻ってきた今回のライブでは、復帰までの苦しさや悲しさでさえも愛や笑顔で包み込んでいこうとする懐の深い表現がヴォーカルへも還元されていて、まさに彼女が真のアーティストへと成長していく姿を見せつけるとともに、さらなる進化を期待させるライブでもありました。

 

(DJ声優パラダイス