聴覚彼女

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夢に向かって走り続けるトップランナー - 入野自由『DARE TO DREAM』


入野自由 『DARE TO DREAM 』 TVスポット

 

DARE TO DREAM(通常盤)

DARE TO DREAM(通常盤)

 

 
 入野自由さんのフルアルバムとしては5年ぶりとなる2nd『DARE TO DREAM』がリリースされました。2016年の入野さんはTVアニメ作品では「おそ松さん」、劇場作品では「聲の形」、舞台では「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」と、彼の芸能活動の中でも代表作となるような活動が続きました。そんな年にリリースされたこのアルバムは、楽曲提供にGalileo Galileiカラスは真っ白Mummy-DRhymester)、SCOOBIE DOTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDなどの強力な面々を迎え、2017年の一時芸能活動休業を発表した彼にとって音楽活動の集大成となる充実した作品となりました。

 

 

 アルバムは入野さん自身がラストライブに足を運んだほどの大ファンであるバンド、Galileo Galileiの手によるtr.1「フレンズ」から静かに幕を開けます。USインディー的なキレのあるクリーントーンのギターが淡々と鳴り響く空間をゆっくり漂うように、優しく爽やかに歌い上げますが、そこには尾崎雄貴さんらしい青臭さとほろ苦さが添えられていて、このアルバム全体が楽しさや優しさだけではない複雑な感情を含んだ作品であることを静かに告げています。Galileo Galileiらしい周囲の風景まるごと変化させるような凛とした音像はここでも健在で、しかし入野さんの声と溶け合って包み込むような温かさも帯びています。

 tr.2「HIGH FIVE」はカラスは真っ白のシミズコウヘイさんによるアッパーなハイスピードファンクロック。カラスは真っ白のメンバー3人に加えてサポートのピアノ/キーボードの工藤さんも加わり、彼らが得意とするドライブするグルーヴが全面に渡って展開されていて、入野さんが持つ軽妙洒脱な遊び心と懐の広さが顕になっています。

 勢いそのままにベーシストとして入野さんのライブサポートも担当している黒須克彦さんによるtr.3「MONSTER」、2012年のミニアルバム『cocoro』から関係の続く前口渉さん編曲のtr.4「流星のキミへ」と、従来から関係の深い両者によるライブを意識した疾走感ある曲で走り抜けます。オールラウンドアレンジャー大久保薫さんによる煌めくシンセが降り注ぐ冬ソングtr.5「Joyful」を経て、スタティックな滑り出しからムーディーなアルトサックスがむせび泣くtr.6「涙の水面」、ブルージーな香りを漂わせるパーカッシブなフォークソングtr.7「melody」から徐々にテンポを落とし核心に迫っていきます。

 tr.8「トップランナー」は初めて他人へ歌詞を提供するというRhymesterMummy-Dさんと佐伯youthKさんの共作曲(編曲はMr.Drunk名義)。2014年のKREVAさんが音楽監督を務める舞台「KREVAの新しい音楽劇 最高はひとつじゃない2014」で共演したことがきっかけで友好関係が始まった二人。制作前に入野さんがMummy-Dさんへ投げかけた芸能活動における苦悩が歌詞に反映されていて、声優界・演劇界の先頭を走り続ける入野さんの苦しみ・達成感などの感情がMummy-Dさんのフィルターを通して綴られています。入野さんのフロウもMummy-Dさん直系のフェイクやアクセントですが、彼らしい端正で伸びやかな発声の魅力もしっかり織り込まれ、ストイックなトラックの上でダイナミックに立ち振る舞っています。アルバム冒頭の「フレンズ」と並んでアルバムを象徴している充実した曲となっています。

 先行リリースされたシングル曲tr.9「嘘と未来と」の優しくシアトリカルなバラードで呼吸を整えて、爽やかなシティポップなtr.10は「Crazy Love」はSCOOBIE DOのマツキタイジロウさんの手による一曲。ベースサポートにもナガイケジョーさんが入り、さらにマツキさんによるヴォーカルディレクションによって、細かな機微まで気が配られた切れ味ある歌唱が展開され、彼の持つ明るく健康的なセクシーさが浮き彫りにされています。

 tr.11「FrameとEdgeと、その向こう側」は繰り返されるシンガロングコーラスがポジティブなパワーを放ち圧倒する、Arcade Fireの「Wake up」を彷彿とさせる壮大な曲です。美しいフィナーレを飾るようなドラマチックなムードを突き破りエピローグ的に現れるラストトラックはTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDによるtr.13「ENTER THE NEW WORLD!」。遊び心が詰まったパーカッシブな80’sエレクトロファンクはChromeoや近年のDaft Punkの影響も感じさせます。彼の羽目を外すような茶目っ気のあるフェイクが各所で飛び出すヴォーカルは、彼の破天荒さな一面も表現されていて、最後に最もアグレッシブな曲を用意することで新たなスタートも予感させながら、今作は幕は閉じていきます。

 

 

 全体としてはコンセプトアルバムというよりは、曲ごとの個々の作家の色の強さを活かした作品集の色合いが強いアルバムですが、共通したモチーフとして掲げられているのは「夢に向かって進む姿」です。今作のタイトルである"DARE TO DREAM"とは「大きな夢を見る、大志を抱く」というような意味があり、アルバムのジャケットにも「I'm DTD」という形で表記されキャッチフレーズ的に扱われています。幼い頃から俳優・声優として活躍を続け、舞台・アニメ・映画・音楽それぞれ高いレベルで実績を残してきた入野自由さんですが、その成功は常人には無謀とも思える大きな野望を各分野で夢見て挑戦し続けてきたからこそでもあります。常に目標に向かって走り続ける彼の生き方こそが「大きな夢を見て、夢に向かって走り続ける」人生であるという自負が「I'm "DARE TO DREAM"」というフレーズに込められているように思えます。

 

 アルバムの音楽性としては、後半のネオシティポップに接近したような力の抜けたソウルファンクなフィーリングや、ラップへの挑戦がインパクトあるトピックとして目立ちます。しかしこれらは今作に始まった唐突な試みではなく、2015年のミニアルバム『僕の見つけたもの』での「見果てぬ世界、繋がる想い」や「不埒なセッション」、今年のシングル『嘘と未来と』収録の「I am I」などの曲で、佐伯youthKさんらと共に続けられてきた試みが今作にも引き継がれ結実したものです。彼が夢見続け挑戦してきた音楽が今作で表現され、まさに代表作となるアルバムとなって届けられました。

 tr.8「トップランナー」のラストは、ブレイクビーツの隙間から聞こえる走る息切れがフェイドアウトしていき、ランナーは静寂の向こう側へ走り去っていきます。この到達点もまた次の夢への通過点であり、今も彼は夢に向かって走り続けていることが示唆されています。

 

(DJ声優パラダイス