聴覚彼女

愛知声優楽曲DJイベント『聴覚彼女』のinfoやお薦め声優楽曲のレビューをしていきます。

迷いと希望で揺れる淡いポートレート - 伊藤美来『水彩~aquaveil~』


伊藤美来 1stアルバム『水彩 ~aquaveil~』ダイジェスト試聴

 

水彩~aquaveil~【通常盤】

水彩~aquaveil~【通常盤】

 

 

 StylipS豊田萌絵さんとのユニットPyxisでも活躍する伊藤美来さんのソロ1stアルバム『水彩~aquaveil~』がリリースされました。

 若手声優の初作というと、可能性を探るように様々な曲調に挑戦しバラエティに富む反面アルバムとしての統一性を欠いてしまう…ということがしばしば起こりがちなのですが、本作は清涼感のあるネオアコースティック~ギターポップなバンドサウンドに焦点を絞ることで、20歳の彼女の現在の等身大の姿をアルバム全体でまとまりを持って描き出す快作となりました。

 

  室内楽的ストリングスが流麗に鳴り響く、インストゥルメンタルのtr.1「Overture ~Invitation to the aquaveil~」から静かに幕を開ける本作。ジャケットのスタティックでノスタルジックなイメージと呼応するような楽曲で、このアルバム全体が一つの映画のような世界観の元で制作されていることを示唆しています。

 そのまま満ちる希望を胸に、朝の陽射しを浴びて外へ走り出していくようなポップで爽快なtr.2「ミラクル」を経て、自身の作詞によるアンニュイなtr.3「あお信号」。今作の核となる楽曲であり、Real EstateやAmerican FootballなどのUSインディーロックサウンドを踏襲した澄んだ単音ギターアルペジオフェンダーローズの音色とともに、迷いや戸惑いを切ないメロディーに乗せて紡いでいきます。

 2ndシングルの再録となるtr.4「Shocking Blue」はハードでファンキーな面が目立っていたシングルでの印象とは変わり、tr.3で吐露された不安を振り払うように暗闇の中をがむしゃらに駆け抜けていく青臭さを強く帯びていて、アルバムの中では新たな意味を持って鳴り響きます。

 このように再録の楽曲が11曲中5曲含まれているにも関わらず、アルバムとしてトータルのメッセージ性を今作が保持できているのは、新規収録曲と既存曲を交互に並べていく緻密な構成によって、アルバムにおいての楽曲への新たな役割の付与が効果的に行われているからでもあります。

 この流れは途切れることなく続いていき、スピード感を保ったまま疾走感あるギターポップtr.5「Moning Coffee」へと繋がり、ストリングスの響きを活かして次曲はシカゴソウル的アーシーなtr.6「No color」へ、さらに華やかなフィリーソウルなtr.7「七色Cookie」、シティポップ的R&Bな「ルージュバック」へと淀みなく流れていく構成の見事さは圧巻です。個々の楽曲の品質の高さも素晴らしく、中盤を支えるtr.5、tr.7、tr.8を手がける睦月周平さんのソウルテイストで統一性を持たせながらも、それぞれ楽曲ごとに絶妙に色分けしていく仕事ぶりは今作の完成度に大きく貢献しています。

 Chet Baker的なほろ苦いムードジャズのtr.9「moonlight」で昇った太陽が一旦沈んだところで、アルバムもエンディングへと動き出し、それまでの迷いをリセットし新たな朝を迎えるビジョンで高らかに響く1stシングルのtr.10「泡とベルベーヌ」。ここでも恋する少女のときめきを表現した元々の意味合いとは別に、Aztec CameraPrefab Sproutのような疾走感あるギターポップによる希望の陽射しのメッセージが与えられていてます。

  ラストを飾るのは坂部剛さんによるポストクラシカルなムードも持ったナンバーtr.11「ワタシイロ」。メインメロディーはtr.1と呼応しており、再び悩み迷う日常へと戻っていくことを暗に示しながらも、しかしより強い自分へと成長していっていることをオープニングよりも軽やかで力強くなったリズムによって伝えています。この曲での「誰かに決められた らしさ なんて 気にしていたら もったいないでしょ」という歌詞が伝えるメッセージ自体は目新しいものではないかもしれませんが、逡巡しながら歩む彼女の人となりを丁寧に積み上げてきたアルバムのラストに提示することによって大きな説得力を持つとともに、彼女の飾らないナチュナルな佇まいが奥行きを持って響いてきます。

 

 私の知る限りでは伊藤美来さんは強烈な個性でアピールするタイプではなく、他人と調和しながらその中で穏やかで飄々とした存在感を発揮するタイプの人という印象であり、声優としても七色の声色を駆使する器用な役者というより、役を自らに引き寄せて演じるような役者だという印象を持っています。「こんな私だけど見つけてくれた」と、ファンへの感謝を自らの作詞で綴るtr.3「あお信号」にもそんな彼女の控えめで実直な人柄が表れているように思います。

 今作ではその彼女の個性が制作陣の中でもしっかりと共有されて作り上げられたことが個々の楽曲からも伝わり、それらがアルバムを通して丁寧に積み上げられていくことによって、彼女のソロデビューからの20歳の1年間のドキュメントともなっている、という素晴らしいアルバムとなりました。

 

(DJ声優パラダイス

涙を抱きしめる「笑顔」と「愛」の音楽 ー Aya Uchida Early summer Party ~SUMILE SMILE~ / ~Everlasting Parade~ ライブレポート

 

 昨年8月に日本武道館で全曲ライブを敢行した後、年末に喉の声帯手術を行った内田彩さん。いくつかのアニメ作品やイベントへの出演はあったものの、それまで活発だった音楽活動を中断していました。その音楽活動を再スタートする滑り出しのイベントとなったのが6月26日(日)に東京・新木場STUDIO COASTで開催された10ヶ月ぶりのライブ、Aya Uchida Early summer Party ~SUMILE SMILE~ / ~Everlasting Parade~でした。

 今回のライブは先にリリースされた1stシングル収録曲になぞらえた昼夜二部構成となっていて、昼公演~SUMILE SMILE~はバンド編成でロックな持ち曲を中心に、夜公演~Everlasting Parade~は打ち込み曲を中心にという、ライブハウス(STUDIO COAST)とナイトクラブ(ageHa)の営業を行うこの会場の特徴を活かした形で行われました。つまり昼公演と夜公演をともに通して見ることで、今の彼女の音楽の全貌を掴むことが出来るという意欲的な構成となっていました。

 

 

 昼公演~SUMILE SMILE~は、バンマス兼ギターに東タカゴーさんを据えて、ギター・宮崎京一さん、ベース・黒須克彦さん、キーボード・櫻田泰啓さん、ドラム・柴田尚さんという5人編成バンドを従えてのライブ。

 今の季節の初夏を意識したという疾走感のある爽やかなロックチューンを中心に選曲されていて、まさに夏をテーマにした「Let it shine」、青空の下へ駆けていくような「スニーカーフューチャーガール」、「Breezin'」、「アップルミント」と冒頭から全力疾走で突っ走っていきます。

 内田彩さん本人もこの後のMCで「会場の熱気がすごくて酸欠になりかけた」と語っていたように、序盤は声が演奏に埋もれがちになっていて、満員の会場におけるPA調整の問題があったにせよ『まだまだ喉は完全復調には遠いのか…』と不安が過ぎったのは確かでした。

 その不安を払拭したのが、MCで一呼吸置いた後のアコースティックコーナー。バンドメンバーは一旦袖へ下がり、内田さんとともに残ったバンマスの東タカゴーさんがアコースティックギターに持ち替え、ボサノヴァのバチーダ的なフィンガーピッキングとともに披露されたのは「オレンジ」、フォーキーで叙情的な「ハルカカナタ」。徐々に本来の伸びのある歌声と声量を取り戻していき、本人も落ち着きを取り戻したのか、ファンからの場違いな呼びかけに「イラッとした(笑)」と、いつもの自由なうっちー節が飛び出す余裕も見えました。

 再びバンドメンバーが登場すると、スウィングするリズムが印象的でキュートな「いざゆけ!ペガサス号」を挟み、オルタナ的ハードなロックナンバー「Sweet Rain」、「最後の花火」、「Go! My Cruising!」へと続いていきます。このパートでは彼女の歌唱法が以前とは変化してきているのが窺え、今までのキュートさを全面に打ち出した声を作り込んだ歌い方から、歌手らしい伸びやかで力強く素直な歌い方への変化が感じられました。これは喉の手術を経てより彼女が意図する曲に寄り添う歌唱が存分に発揮できるようになったこと、そして三年の音楽活動を通して学んだ経験や深めた自信を活かしたシンガーとしての成長と着実な進化が感じられた部分でした。

 ラスト2曲は「Blooming!」、そして本公演のタイトルにもなっている「SUMILE SMILE」。すみれの花言葉は『小さな幸せ』『小さな愛』であり、歌詞に登場する"Smile for you, Smile for me, Smile for you, SMILE SMILE." のフレーズのように、彼女が笑いファンも笑顔になる多幸感と高揚感に溢れたフィナーレを迎えて、アンコールなく約70分の公演を走りきりました。

 

 

 充実した昼公演を経て迎えた夜公演~Everlasting Parade~は、彼女の音楽のもうひとつの側面であるEDM / Future Bass的なエレクトロニックサウンドへ迫る、さらにディープな内容となりました。

 一曲目の「Floating Heart」のイントロから、STUDIO COASTのサウンドシステムを活かした強烈な低音が鳴り響き、強い縦のイーブンキックのビートと空間を震わせるベースが会場全体を包みます。きらびやかなライト輝くステージにはバンドを排して彼女一人がフロアと対峙する図が広がっていて、昼公演とはまったく違う展開が待ち受けていることを示唆していました。

 そのまま続けざまに、パーティーらしい華やかさをまとった「Party Hour Surprise」、開放感あるシンセと裏ノリベースが印象的な「Merry Go」、トランシーなシンセ鳴り響く「リードを外して」とガーリッシュでハードな曲を経た後、MCでの彼女の呼びかけによって星野源バンドなどでも活躍するキーボードの櫻田泰啓さんが上手側より昼に続いて姿を現し、ピアノによるアコースティックコーナーへ。

 彼女の甘くキュートなヴォーカルの特徴が存分に発揮された切ないバラード「笑わないで」が会場の空気をグッと引き締め落ち着かせた後、披露されたのは昼夜通じてこの日最大のハイライトとなった、彼女の代表曲の一つ「ピンクマゼンダ」。悪意や憎悪の世界であってもそれを愛で包んで塗り替えていく想いをドラマチックに歌ったこの曲。従来までの少女の祈りのような純粋さを湛えた曲解釈を大きく変え、今回は苦しみや辛さも隠さずストレートに声色で表し、それを母のような優しさと力強さで包んでいく、今までの彼女にはなかったスケールの大きい表現へと変化していて、並々ならぬ意気込みでこの曲に臨んでいることが理解できました。そしてピアノだけのシンプルな伴奏の中で浮き彫りになったのは、ヴォーカルの立ち上がりの早さとノビ、そしてリズム感覚の鋭さであり、彼女が歌手としての優れた才能の持ち主であるということでした。その豊かな才能を存分に活かし、ラストのサビでの叫ぶような絶唱とともにそれまで薄暗かった照明がピンクに強く輝いた光景は圧巻で、全身の毛が逆立つような感覚を抑えられないほどでした。
 キーボードの櫻田さんがステージ脇へ去っても、まだその余韻が抜け切らない会場にさらに追い打ちをかけたのが、ストリングスとエレクトロニクスが壮大に響き彼岸へと達する「Daydream」。激しいブレイクコアビートと彼女の神秘的な声が空から降り注ぐこの曲のアウトロが鳴り響いた後は、息を呑んで音と声を受け止めていた2000人の満員の会場はしんと静まり返り、衝撃を各々で反芻しているようにも見えました。ここで披露した3曲は、このライブが復活ライブであるという意味を越えて、"新生・内田彩"がスタートしたライブであることを強力にアピールしました。

 ここから徐々にテンポアップしていき、彼女の持ち曲の中でも屈指のヘヴィな曲「Like a Bird」「Ruby Eclipse」へ。低音がブーストされ曲の持つ元来のメタルコア的なテイストとともに、Pendulumのようなロック系ドラムンベースのビート感も織り込まれていることがよく分かり、そのタメの効いた弾けるビートに一気に会場もヒートアップしていきます。

 そしてこの夜公演の核である「with you」「Everlasting Parade」というアッパーでファンキーな2曲によって祝祭感溢れるパーティーらしさを演出し、これまでの苦しみを乗り越えた喜びの笑顔と愛で会場を包み込んでいきます。彼女も盛り上がりのあまり、ブリッジ後のBmoreビートのブレイクでジャンプするなど、ステージを所狭しと動き回り会場を盛り上げていきます。

 そして最後のMCではニューアルバム発売とともに、新たに幕張メッセでのレコ発ライブも発表され歓喜のムードに包まれる中、「Sweet Dreamer」という彼女らしいキュートなEDM/エレクトロハウスナンバーで爽やかに締めくくり。夜もアンコールなく約70分で終了し、次回ライブへの期待感を残しつつ、彼女は満面の笑顔を振りまきながらステージを後にして夜公演は幕を閉じました。

 

 

 喉の手術の前後は声優にとっての命である声が出ないという、不安とストレスの中で苦しみながらも、改めて何が自分にとって大切なのか自分自身と向き合って考え続けたという内田彩さん。そんな苦難と苦悩を乗り越えて、ファンが待つステージへと再び戻ってきた今回のライブでは、復帰までの苦しさや悲しさでさえも愛や笑顔で包み込んでいこうとする懐の深い表現がヴォーカルへも還元されていて、まさに彼女が真のアーティストへと成長していく姿を見せつけるとともに、さらなる進化を期待させるライブでもありました。

 

(DJ声優パラダイス

夢に向かって走り続けるトップランナー - 入野自由『DARE TO DREAM』


入野自由 『DARE TO DREAM 』 TVスポット

 

DARE TO DREAM(通常盤)

DARE TO DREAM(通常盤)

 

 
 入野自由さんのフルアルバムとしては5年ぶりとなる2nd『DARE TO DREAM』がリリースされました。2016年の入野さんはTVアニメ作品では「おそ松さん」、劇場作品では「聲の形」、舞台では「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」と、彼の芸能活動の中でも代表作となるような活動が続きました。そんな年にリリースされたこのアルバムは、楽曲提供にGalileo Galileiカラスは真っ白Mummy-DRhymester)、SCOOBIE DOTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDなどの強力な面々を迎え、2017年の一時芸能活動休業を発表した彼にとって音楽活動の集大成となる充実した作品となりました。

 

 

 アルバムは入野さん自身がラストライブに足を運んだほどの大ファンであるバンド、Galileo Galileiの手によるtr.1「フレンズ」から静かに幕を開けます。USインディー的なキレのあるクリーントーンのギターが淡々と鳴り響く空間をゆっくり漂うように、優しく爽やかに歌い上げますが、そこには尾崎雄貴さんらしい青臭さとほろ苦さが添えられていて、このアルバム全体が楽しさや優しさだけではない複雑な感情を含んだ作品であることを静かに告げています。Galileo Galileiらしい周囲の風景まるごと変化させるような凛とした音像はここでも健在で、しかし入野さんの声と溶け合って包み込むような温かさも帯びています。

 tr.2「HIGH FIVE」はカラスは真っ白のシミズコウヘイさんによるアッパーなハイスピードファンクロック。カラスは真っ白のメンバー3人に加えてサポートのピアノ/キーボードの工藤さんも加わり、彼らが得意とするドライブするグルーヴが全面に渡って展開されていて、入野さんが持つ軽妙洒脱な遊び心と懐の広さが顕になっています。

 勢いそのままにベーシストとして入野さんのライブサポートも担当している黒須克彦さんによるtr.3「MONSTER」、2012年のミニアルバム『cocoro』から関係の続く前口渉さん編曲のtr.4「流星のキミへ」と、従来から関係の深い両者によるライブを意識した疾走感ある曲で走り抜けます。オールラウンドアレンジャー大久保薫さんによる煌めくシンセが降り注ぐ冬ソングtr.5「Joyful」を経て、スタティックな滑り出しからムーディーなアルトサックスがむせび泣くtr.6「涙の水面」、ブルージーな香りを漂わせるパーカッシブなフォークソングtr.7「melody」から徐々にテンポを落とし核心に迫っていきます。

 tr.8「トップランナー」は初めて他人へ歌詞を提供するというRhymesterMummy-Dさんと佐伯youthKさんの共作曲(編曲はMr.Drunk名義)。2014年のKREVAさんが音楽監督を務める舞台「KREVAの新しい音楽劇 最高はひとつじゃない2014」で共演したことがきっかけで友好関係が始まった二人。制作前に入野さんがMummy-Dさんへ投げかけた芸能活動における苦悩が歌詞に反映されていて、声優界・演劇界の先頭を走り続ける入野さんの苦しみ・達成感などの感情がMummy-Dさんのフィルターを通して綴られています。入野さんのフロウもMummy-Dさん直系のフェイクやアクセントですが、彼らしい端正で伸びやかな発声の魅力もしっかり織り込まれ、ストイックなトラックの上でダイナミックに立ち振る舞っています。アルバム冒頭の「フレンズ」と並んでアルバムを象徴している充実した曲となっています。

 先行リリースされたシングル曲tr.9「嘘と未来と」の優しくシアトリカルなバラードで呼吸を整えて、爽やかなシティポップなtr.10は「Crazy Love」はSCOOBIE DOのマツキタイジロウさんの手による一曲。ベースサポートにもナガイケジョーさんが入り、さらにマツキさんによるヴォーカルディレクションによって、細かな機微まで気が配られた切れ味ある歌唱が展開され、彼の持つ明るく健康的なセクシーさが浮き彫りにされています。

 tr.11「FrameとEdgeと、その向こう側」は繰り返されるシンガロングコーラスがポジティブなパワーを放ち圧倒する、Arcade Fireの「Wake up」を彷彿とさせる壮大な曲です。美しいフィナーレを飾るようなドラマチックなムードを突き破りエピローグ的に現れるラストトラックはTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDによるtr.13「ENTER THE NEW WORLD!」。遊び心が詰まったパーカッシブな80’sエレクトロファンクはChromeoや近年のDaft Punkの影響も感じさせます。彼の羽目を外すような茶目っ気のあるフェイクが各所で飛び出すヴォーカルは、彼の破天荒さな一面も表現されていて、最後に最もアグレッシブな曲を用意することで新たなスタートも予感させながら、今作は幕は閉じていきます。

 

 

 全体としてはコンセプトアルバムというよりは、曲ごとの個々の作家の色の強さを活かした作品集の色合いが強いアルバムですが、共通したモチーフとして掲げられているのは「夢に向かって進む姿」です。今作のタイトルである"DARE TO DREAM"とは「大きな夢を見る、大志を抱く」というような意味があり、アルバムのジャケットにも「I'm DTD」という形で表記されキャッチフレーズ的に扱われています。幼い頃から俳優・声優として活躍を続け、舞台・アニメ・映画・音楽それぞれ高いレベルで実績を残してきた入野自由さんですが、その成功は常人には無謀とも思える大きな野望を各分野で夢見て挑戦し続けてきたからこそでもあります。常に目標に向かって走り続ける彼の生き方こそが「大きな夢を見て、夢に向かって走り続ける」人生であるという自負が「I'm "DARE TO DREAM"」というフレーズに込められているように思えます。

 

 アルバムの音楽性としては、後半のネオシティポップに接近したような力の抜けたソウルファンクなフィーリングや、ラップへの挑戦がインパクトあるトピックとして目立ちます。しかしこれらは今作に始まった唐突な試みではなく、2015年のミニアルバム『僕の見つけたもの』での「見果てぬ世界、繋がる想い」や「不埒なセッション」、今年のシングル『嘘と未来と』収録の「I am I」などの曲で、佐伯youthKさんらと共に続けられてきた試みが今作にも引き継がれ結実したものです。彼が夢見続け挑戦してきた音楽が今作で表現され、まさに代表作となるアルバムとなって届けられました。

 tr.8「トップランナー」のラストは、ブレイクビーツの隙間から聞こえる走る息切れがフェイドアウトしていき、ランナーは静寂の向こう側へ走り去っていきます。この到達点もまた次の夢への通過点であり、今も彼は夢に向かって走り続けていることが示唆されています。

 

(DJ声優パラダイス

女子三年会わざれば刮目して見よ - petit milady『CALENDAR GIRL』

 


petit milady(プチミレディ) - 3rd Album『CALENDAR GIRL』全曲試聴動画 #プチミレ ##プチミレディ良い曲だな

CALENDAR GIRL(通常盤)

CALENDAR GIRL(通常盤)

 

 

 悠木碧さんと竹達彩奈さんのユニット、petit miladyの活動3年目の3rdアルバム『CALENDER GIRL』がリリースされました。二人の強い個性をぶつけあった濃厚な作品だった過去2作からさらに飛躍し、それぞれの個性の調和が深まり、その個性の総和に留まらないpetit miladyとしての魅力をさらに増した作品が生まれました。

 本作はシングル2曲の実際のタイアップに加えて、他の収録曲にも全て"仮想のタイアップ"がつけられています。全ての曲をシングル級のメイン曲として扱おうとする姿勢が見て取れとれるとともに、全12曲をカレンダーに見立ててアルバムを構成することによって、ベストアルバム的なインパクトとコンセプトアルバム的な統一性を両立させようという試みがなされています。

 

 今作の魅力は、大きくレベルアップした二人の歌唱力、お互いの声の魅力を引き出そうとコントロールされるようになったバランス感覚、そしてぐっと洗練され焦点の定まった楽曲たちです。

 アルバム前半部は、従来のプチミレのパワフルでコミカルな路線を踏襲しながら、以前の過剰なまでの濃厚さと喧しさは抑えられています。歌唱力の進化が肌で感じられるのがtr.2「大好き、ありがとう」。特に竹達さんの声の柔らかな包容力が引き出されていて、二人の息の合ったヴォーカルによって静かな波をゆっくりと広げていきます。tr.3「rainy! rainy! rainy!」では、サビのピチカートの音色に呼吸を合わせるように、パワフルさは保ったまま二人の声のバランスをとるようにナチュラルに歌っていて、全力で互いの声をぶつけていた1stと比べると確実な変化が感じられます。

 アルバム後半部は、petit miladyの新たなチャレンジと言えるミッドテンポの打ち込み曲が新たな二人の魅力を次々に導き出していきます。tr.7「はろうぃんあるばいたー」はSUPA LOVE所属の中村瑛彦さんによる華やかでバウンシーな4x4ハウス。tr.8「SNOW // SLASH」は同じくSUPA LOVEのhisakuniさんによるtrap的なハイハットやスネアの連打に加えてダブステップ的な重厚なハーフステップパートが挿入される、シリアスでスタイリッシュな一曲です。tr.9「聖シルヴェストルのテーブル」はファルセットヴォーカルで煌びやかな世界観を描き出すフィルターハウス的な曲。そしてこの流れにとどめを刺すのがtr.11「チョコレイト・ブギウギ」。tr.8と同じくhisakuniさんによる曲で、オリエンタルなハープの音色とともに、乾いたドラムが力強く跳ね回り、フレンチポップス meets ポストロックとも言うような、従来からの楽しく力強いプチミレと、新機軸のキュートで華麗なプチミレが高いレベルで昇華融合されています。

 

 それぞれソロ活動でも、悠木碧さんは『イシュメル』、竹達彩奈さんは『Colore Serenata』という声優アーティスト史上に残るような素晴らしい作品をリリースしていますが、petit miladyにおいてもソロでは表現できないポップでキャッチーかつエレガントな表現を3年目の3rdアルバムでしっかりと確立させました。

 楽曲レベルで大きな変化が伝わる曲をピックアップしましたが、実はtr.1「青春は食べ物です」tr.10「クジラの背中」tr.12「桜のドアを」のようなユニゾンで歌うロック曲こそが、お互いの理解の深まりと二人のヴォーカルの表現力の成長を確実に伝えていて、その部分もこのアルバムの良さであるように思います。

 

(DJ声優パラダイス

静かなる決意声明 - 大橋歩夕『FAITH』

 

大橋歩夕 / L.L.F._Audio Snippet

FAITH(Global Edition)

FAITH(Global Edition)

 

 大橋歩夕さんの約4年ぶりとなるアルバム『FAITH』がレーベル直販サイト通販限定でリリースされました。

eighth wonder market

 アルバム先行シングル『L.L.F』、及び2014年のミニアルバム『未来トラベラー』で、挑戦的なディープファンクを披露した彼女。今作もSPOOKY ELECTRICプロデュースによる大胆なファンキーさは健在でありながら、そこからさらに発展した様々な音楽性を詰め込んだ素晴らしい作品が届きました。

 

 アルバム冒頭を飾るタイトル曲のtr.1「FAITH」はデジタルビートでありながらも生々しい躍動感と大きな開放感、推進力を持ったナンバー。タイトル通り彼女の "FAITH=決意" を歌詞に込めて高らかに爽やかに歌い上げていて、WeezerFountains of Wayneなどにも繋がるUSパワーポップな乾いたサウンドを響かせます。

 続くtr.2「So Ra Do Mi So」では、アコースティックなボサノヴァのビートにあたたかなホーンと包み込むようなやわらかな歌声が重なって、彼女の声の持つ可憐でありながらも懐の広い包容力のある面をクローズアップして伝えます。

 tr.3「NEW FUNK」はバウンスするリズムの上を軽やかにキュートな歌声が舞い踊る、Pharrell Williams~Bruno Marsを連想するような、ポップなソウルファンクチューン。少年のような朗らかさと少女のような愛らしさの間をいくような彼女の絶妙な歌声が、繰り返されるフレーズの中で細かく韻を踏みながらグルーヴを生み出していきます。

 さらに、熱い咆哮のように暴れまわるギターとサックスの中を、"Love like FUNK"と静かに呟きが繰り返されるtr.4「L.L.F.」は、Sly & the Family Stoneの『暴動』のように深く暗い沼へ引きずり込むサイケデリックなディープファンク曲。SPOOKY ELECTRICプロデュースの本領が発揮された、ポップさをある種度外視し、徹底して音楽性を追求した曲とも言える濃厚な仕上がりとなっています。

 そんな濃いナンバーから一転してtr.5「COLOR」のハウシーなビートとヴィヴィットな音色のシンセが展開される牧歌的な曲を挟み、tr.6「THE SHOW MUST GO ON」は、冒頭曲のパワーポップ的なディストーションギターをゆったりとタメの効いたバックビートに乗せて、どこまでも遠くへと飛んで行くような雄大な歌声で歌い上げます。サステインの効いたギターが暴れ回る中を、淡々とした彼女の歌は対比のように響き、ここでも再び登場する"FAITH"のフレーズとともに、決意とその孤独を暗示していることを感じさせます。

 ラストのtr.7「WITH U」は優しく語りかけるようなポエトリーリーディングを挿入しながら、アウトロに彼女自身が奏でるサックスの音色がふいに顔を出し、優しい風景を導き出すフォーキーな楽曲。乾いたタメのあるビートはこの曲でも保たれていて、グルーヴへの意識は全編を通して貫かれます。

 

 このアルバムはドラマーのクレジットがなく、大半の曲がプログラミングによってリズム部分が構成されていてます。簡素であるが故に制作者の意図するグルーヴも直接的にそれぞれの楽曲に反映されています。「シンプルである=単純・安易」という安直な構図を否定する、音の隙間に強い意思や決意を滲ませる楽曲は、上記のPharell WilliamsやSly Stoneはもちろん、先日亡くなったPrinceの名盤『Parade』にも通ずるような衝動に突き動かされる音楽の喜びと、そんなブラックミュージックへの憧憬が詰まった作品となりました。

 

(DJ声優パラダイス

これからも続いていく私の旅 - 牧野由依『Tabi*note』


牧野由依 / ワールドツアー - YouTube

タビノオト

タビノオト

 

 

 牧野由依さんの4年ぶりとなる待望の4thアルバム『Tabi*note(タビノオト)』。彼女のアーティスト活動10周年記念作品であるとともに、インペリアルレコードに移籍後初のアルバムとなります。元Cymbals矢野博康さんをサウンドプロデューサーに迎え、今までの「癒し」や「儚さ」のような言葉で表わされるストイックでアンビエントな作風から一歩進み、「楽しさ」や「暖かさ」に満ちた彼女自身の朗らかな人柄に寄り添ったような素晴らしい作品になりました。

 

 tr.1は祝祭感のある「ワールドツアー」。明るいホーンの音色が華やかに幕開けを告げるソウルチューンです。"止めないで Dancin'"、"ぐっとGroovin'"など、リズムに身を任せて踊ろうと誘いかける、これまでの音楽性から考えるとアグレッシヴなフレーズも飛び出し、このアルバムそのものが彼女の新たな音楽の旅であることが示唆されます。

 tr.2「星に願いを」は宮川弾さんによる一曲ですが、その矢野さんがドラムを務めています。前曲からの軽やかなグルーヴを受け継ぎ保ったまま、tr.3「囁きは"Crescendo"」へ。最近の活躍著しい川田瑠夏さんのアレンジによる力強いリズムと美しいストリングスが染みこむように響きます。アルバムの中でも従来の牧野由依さんの繊細なイメージと今作のグルーヴィな作風の橋渡しのような存在となっていて、近年の彼女のキャリアにおいて重要な一曲になっていることが分かります。tr.4「Pastel Town」は、ネオシティポップの旗手としても注目されるユニットSugar's Campaignのメンバーとしても活動する新進気鋭のトラックメイカー、Avec Avecによる一曲。シンセを大胆に取り入れたニューウェービーなAOR的ナンバーでアルバムにカラフルな彩りを添えています。

 tr.5「88秒フライト」は配信限定リリースされていたロック的なナンバー。tr.6「たったひとつ」とともにやや高音を抑えたアルバムミックスに変わっていて、色の違う既発曲であっても統一性を持たせて作品を推進させていこうとする意図を感じます。tr.7「アルメリア」はハープ&ギターのユニットtico moonと矢野さんの共作の、彼女の持つ高貴な魅力が反映された、アルバム中最もロマンティックな一曲です。

 折り返し地点のtr.8に収録された「グッバイ・マイ・フレンド」。不安や戸惑いは隠されずとも、明るく前を向いて歩く、現在の彼女の状況とも重なる旅立ちをテーマにした歌詞が胸に突き刺さります。この曲を境にディープな音楽的な挑戦を深めていく曲が続き、トリッキーなリズムプログラミングのtr.9「ハチガツノソラ」~ベースが絶妙にルートを外して不安定感を忍ばせるミニマルなフレーズが繰り返すtr.10「secret melody」~コトリンゴさんらしい前衛的なジャズを幻想的なムードでまとめ上げたtr.11「太陽を巡って」と、音楽の旅の最深部へと潜りこむまさに彼女にしかできない表現が続きます。

 そしてアルバム先行シングルのドラマチックなtr.12「きみの選ぶみち」から、再び旅をテーマにした異国情緒溢れる、World Standardなどを彷彿とさせるワルツなtr.13「まわる まわる」に辿り着き、アルバムは幕を閉じます。

 

 この作品は10周年記念アルバムでありながら過去を振り返るのではなく、アルバムのテーマでもある「旅」という名の、この先の音楽活動を意識した作品にもなっています。女優兼アーティスト・牧野由依という存在を音楽を通して演じあげていた今までのキャリアから歩みを進め、ひとりの人間・牧野由依が持つ肌の暖かさを伝える作品を作り上げました。

 旅は新しい出会いとともに別れを伴い、新しい挑戦に満ちたこの作品は結果的に従来のファンとの別れになるかもしれない覚悟を持ちながら、それでもこの先もアーティスト活動を続けていく決意をこの作品から感じました。

 tr.8「グッバイ・マイ・フレンド」で歌われている、"Goodbye my dear friend. Hello my dear friend." というフレーズに込められた思い。従来のファンはもちろん新しいファンにもこの作品の魅力が届くことを信じています。

 

(DJ声優パラダイス

それではみなさんご一緒に♪ - ゆいかおり『Bright Canary』


ゆいかおり3rdアルバム「Bright Canary」全曲試聴動画 - YouTube

Bright Canary

Bright Canary

 

  小倉唯さん・石原夏織さんによるユニット、ゆいかおりの1年半ぶりの3rdアルバム『Bright Canary』がリリースされました。今作は前作2nd『Bunny』から小倉唯さんの1stソロアルバムを挟んでのリリースとなり、彼女のソロとの違いを明確にしゆいかおりとして目指すモードを提示した作品となりました。

 

 tr.1「倍速∞ラブストレート」は高速BPMでの裏打ちオープンハイハットとキックによる転がるようなグルーヴの四つ打ちダンスロック的ナンバー。KANA-BOONやKEYTALKなどとも共振するような同時代的なダンスロックを取り入れ、彼女たちの世代のフレッシュなグルーヴ感とパッションを詰め込んだ曲です。一気に膨れ上がった熱量を保ったままシングル曲のtr.2「Ring Ring Rainbow!!」~表題曲的位置づけのtr.3「カナリア」へとつながっていきます。

 この冒頭三曲を聴いて感じられるのは、"二人が踊りやすい曲"よりも"リスナーが踊りたくなる曲"という方向への志向の変化でした。これまで二人が歌い踊るだけで完結していたゆいかおりの世界に、第三者を巻き込んでいこうする意識が表れているように思います。アルバムに先駆けてリリースされたシングルtr.2もアルバムの流れではダンスロック的文脈で捉えられる曲で、その意識を象徴した楽曲としてアルバム冒頭に配置されているように感じられます。

 石原夏織さんソロ曲tr.4「Telephone call」は、エレクトロハウスとHi-NRGを混ぜあわせたようなスタッカートの効いたシンセと悩ましげなヴォーカルが印象的なナンバー。小倉唯さんソロのtr.5「ライアーシープ」は、ディストーションギターのリフとイーブンキックの絡み合い、ヴォーカルにも大胆にディレイ・リバーブがかかるサイケデリックな一曲。どちらも少し泥臭さを残した曲で、エレクトロクラッシュの香りを感じさせます。

 tr.6「New World」からはそれまでの四つ打ち中心から流れを変えてのエモロック。アルバム中最もハードな仕上がりで力強いサウンドを叩きつけて、そのままアップリフティングなtr.7「LUCKY DUCKY」へ。tr.8「オリオンからのメッセージ」~tr.9「Intro Situation」~tr.10「Rainy Day」の流れは、軽やかに飄々とダンスや歌をこなす能力の高さを見せつけていて「苦悩」や「懸命さ」を感じさせない、ゆいかおり流のエンターテイメントの一つの形を表現していると思いました。特に、ストリングスとともに二人のユニゾンが美しく重なりあうドラマチックな4x4~2stepソングのtr.10は上手くまとまっていて、この曲で締めていいのでは?と思うほどでした。

 ラスト2曲tr.11「NEO SIGNALIFE」tr.12「Billion-Carat」はそれまでとは逆に、"ここまでできるんですよ"という二人のダンスの能力を示すために収録されたような楽曲。ある意味2015年版にアップデートされた「VIVIVID PARTY!」かもしれません。TSUGEさんによるリキッドファンクなtr.12はスペーシーなシンセが高揚感を煽る一曲で、曲が終わった後、宇宙に取り残されるような不思議な聴後感を残します。

 

 (実際の裏側は別として)大きな才能を持ちながらもその全てを限界まで発揮することはせず、"与えられた課題を軽くこなしながら、明るさや楽しさの中にその能力の高さを密かにのぞかせる"というイメージのゆいかおりでしたが、さらに今作はそんな肩の力の抜けた軽さでもってリスナーを二人のダンスの輪の中へ引っ張り込もうとする意欲を感じる作品でした。"自然体の姿勢"は従来からのゆいかおりの特徴でしたが、"リスナーを巻き込んでいく"というのが今後の方向性になるのかなと感じた作品でした。

 

(DJ声優パラダイス