聴覚彼女

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これからも続いていく私の旅 - 牧野由依『Tabi*note』


牧野由依 / ワールドツアー - YouTube

タビノオト

タビノオト

 

 

 牧野由依さんの4年ぶりとなる待望の4thアルバム『Tabi*note(タビノオト)』。彼女のアーティスト活動10周年記念作品であるとともに、インペリアルレコードに移籍後初のアルバムとなります。元Cymbals矢野博康さんをサウンドプロデューサーに迎え、今までの「癒し」や「儚さ」のような言葉で表わされるストイックでアンビエントな作風から一歩進み、「楽しさ」や「暖かさ」に満ちた彼女自身の朗らかな人柄に寄り添ったような素晴らしい作品になりました。

 

 tr.1は祝祭感のある「ワールドツアー」。明るいホーンの音色が華やかに幕開けを告げるソウルチューンです。"止めないで Dancin'"、"ぐっとGroovin'"など、リズムに身を任せて踊ろうと誘いかける、これまでの音楽性から考えるとアグレッシヴなフレーズも飛び出し、このアルバムそのものが彼女の新たな音楽の旅であることが示唆されます。

 tr.2「星に願いを」は宮川弾さんによる一曲ですが、その矢野さんがドラムを務めています。前曲からの軽やかなグルーヴを受け継ぎ保ったまま、tr.3「囁きは"Crescendo"」へ。最近の活躍著しい川田瑠夏さんのアレンジによる力強いリズムと美しいストリングスが染みこむように響きます。アルバムの中でも従来の牧野由依さんの繊細なイメージと今作のグルーヴィな作風の橋渡しのような存在となっていて、近年の彼女のキャリアにおいて重要な一曲になっていることが分かります。tr.4「Pastel Town」は、ネオシティポップの旗手としても注目されるユニットSugar's Campaignのメンバーとしても活動する新進気鋭のトラックメイカー、Avec Avecによる一曲。シンセを大胆に取り入れたニューウェービーなAOR的ナンバーでアルバムにカラフルな彩りを添えています。

 tr.5「88秒フライト」は配信限定リリースされていたロック的なナンバー。tr.6「たったひとつ」とともにやや高音を抑えたアルバムミックスに変わっていて、色の違う既発曲であっても統一性を持たせて作品を推進させていこうとする意図を感じます。tr.7「アルメリア」はハープ&ギターのユニットtico moonと矢野さんの共作の、彼女の持つ高貴な魅力が反映された、アルバム中最もロマンティックな一曲です。

 折り返し地点のtr.8に収録された「グッバイ・マイ・フレンド」。不安や戸惑いは隠されずとも、明るく前を向いて歩く、現在の彼女の状況とも重なる旅立ちをテーマにした歌詞が胸に突き刺さります。この曲を境にディープな音楽的な挑戦を深めていく曲が続き、トリッキーなリズムプログラミングのtr.9「ハチガツノソラ」~ベースが絶妙にルートを外して不安定感を忍ばせるミニマルなフレーズが繰り返すtr.10「secret melody」~コトリンゴさんらしい前衛的なジャズを幻想的なムードでまとめ上げたtr.11「太陽を巡って」と、音楽の旅の最深部へと潜りこむまさに彼女にしかできない表現が続きます。

 そしてアルバム先行シングルのドラマチックなtr.12「きみの選ぶみち」から、再び旅をテーマにした異国情緒溢れる、World Standardなどを彷彿とさせるワルツなtr.13「まわる まわる」に辿り着き、アルバムは幕を閉じます。

 

 この作品は10周年記念アルバムでありながら過去を振り返るのではなく、アルバムのテーマでもある「旅」という名の、この先の音楽活動を意識した作品にもなっています。女優兼アーティスト・牧野由依という存在を音楽を通して演じあげていた今までのキャリアから歩みを進め、ひとりの人間・牧野由依が持つ肌の暖かさを伝える作品を作り上げました。

 旅は新しい出会いとともに別れを伴い、新しい挑戦に満ちたこの作品は結果的に従来のファンとの別れになるかもしれない覚悟を持ちながら、それでもこの先もアーティスト活動を続けていく決意をこの作品から感じました。

 tr.8「グッバイ・マイ・フレンド」で歌われている、"Goodbye my dear friend. Hello my dear friend." というフレーズに込められた思い。従来のファンはもちろん新しいファンにもこの作品の魅力が届くことを信じています。

 

(DJ声優パラダイス