聴覚彼女

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迷いと希望で揺れる淡いポートレート - 伊藤美来『水彩~aquaveil~』


伊藤美来 1stアルバム『水彩 ~aquaveil~』ダイジェスト試聴

 

水彩~aquaveil~【通常盤】

水彩~aquaveil~【通常盤】

 

 

 StylipS豊田萌絵さんとのユニットPyxisでも活躍する伊藤美来さんのソロ1stアルバム『水彩~aquaveil~』がリリースされました。

 若手声優の初作というと、可能性を探るように様々な曲調に挑戦しバラエティに富む反面アルバムとしての統一性を欠いてしまう…ということがしばしば起こりがちなのですが、本作は清涼感のあるネオアコースティック~ギターポップなバンドサウンドに焦点を絞ることで、20歳の彼女の現在の等身大の姿をアルバム全体でまとまりを持って描き出す快作となりました。

 

  室内楽的ストリングスが流麗に鳴り響く、インストゥルメンタルのtr.1「Overture ~Invitation to the aquaveil~」から静かに幕を開ける本作。ジャケットのスタティックでノスタルジックなイメージと呼応するような楽曲で、このアルバム全体が一つの映画のような世界観の元で制作されていることを示唆しています。

 そのまま満ちる希望を胸に、朝の陽射しを浴びて外へ走り出していくようなポップで爽快なtr.2「ミラクル」を経て、自身の作詞によるアンニュイなtr.3「あお信号」。今作の核となる楽曲であり、Real EstateやAmerican FootballなどのUSインディーロックサウンドを踏襲した澄んだ単音ギターアルペジオフェンダーローズの音色とともに、迷いや戸惑いを切ないメロディーに乗せて紡いでいきます。

 2ndシングルの再録となるtr.4「Shocking Blue」はハードでファンキーな面が目立っていたシングルでの印象とは変わり、tr.3で吐露された不安を振り払うように暗闇の中をがむしゃらに駆け抜けていく青臭さを強く帯びていて、アルバムの中では新たな意味を持って鳴り響きます。

 このように再録の楽曲が11曲中5曲含まれているにも関わらず、アルバムとしてトータルのメッセージ性を今作が保持できているのは、新規収録曲と既存曲を交互に並べていく緻密な構成によって、アルバムにおいての楽曲への新たな役割の付与が効果的に行われているからでもあります。

 この流れは途切れることなく続いていき、スピード感を保ったまま疾走感あるギターポップtr.5「Moning Coffee」へと繋がり、ストリングスの響きを活かして次曲はシカゴソウル的アーシーなtr.6「No color」へ、さらに華やかなフィリーソウルなtr.7「七色Cookie」、シティポップ的R&Bな「ルージュバック」へと淀みなく流れていく構成の見事さは圧巻です。個々の楽曲の品質の高さも素晴らしく、中盤を支えるtr.5、tr.7、tr.8を手がける睦月周平さんのソウルテイストで統一性を持たせながらも、それぞれ楽曲ごとに絶妙に色分けしていく仕事ぶりは今作の完成度に大きく貢献しています。

 Chet Baker的なほろ苦いムードジャズのtr.9「moonlight」で昇った太陽が一旦沈んだところで、アルバムもエンディングへと動き出し、それまでの迷いをリセットし新たな朝を迎えるビジョンで高らかに響く1stシングルのtr.10「泡とベルベーヌ」。ここでも恋する少女のときめきを表現した元々の意味合いとは別に、Aztec CameraPrefab Sproutのような疾走感あるギターポップによる希望の陽射しのメッセージが与えられていてます。

  ラストを飾るのは坂部剛さんによるポストクラシカルなムードも持ったナンバーtr.11「ワタシイロ」。メインメロディーはtr.1と呼応しており、再び悩み迷う日常へと戻っていくことを暗に示しながらも、しかしより強い自分へと成長していっていることをオープニングよりも軽やかで力強くなったリズムによって伝えています。この曲での「誰かに決められた らしさ なんて 気にしていたら もったいないでしょ」という歌詞が伝えるメッセージ自体は目新しいものではないかもしれませんが、逡巡しながら歩む彼女の人となりを丁寧に積み上げてきたアルバムのラストに提示することによって大きな説得力を持つとともに、彼女の飾らないナチュナルな佇まいが奥行きを持って響いてきます。

 

 私の知る限りでは伊藤美来さんは強烈な個性でアピールするタイプではなく、他人と調和しながらその中で穏やかで飄々とした存在感を発揮するタイプの人という印象であり、声優としても七色の声色を駆使する器用な役者というより、役を自らに引き寄せて演じるような役者だという印象を持っています。「こんな私だけど見つけてくれた」と、ファンへの感謝を自らの作詞で綴るtr.3「あお信号」にもそんな彼女の控えめで実直な人柄が表れているように思います。

 今作ではその彼女の個性が制作陣の中でもしっかりと共有されて作り上げられたことが個々の楽曲からも伝わり、それらがアルバムを通して丁寧に積み上げられていくことによって、彼女のソロデビューからの20歳の1年間のドキュメントともなっている、という素晴らしいアルバムとなりました。

 

(DJ声優パラダイス